民は口々に
「仁左衛門殿は立派じゃ」
「お咎めなしに違いない」
「なぜ仁左衛門殿は切腹などとおっしゃるのじゃ」
などと口にしだしている。

瓦版などもすでに『英雄』として常篤をまつりあげて、大騒ぎを演出しはじめている。

それだけに常篤への刑罰をきめねばならない家臣一同の苦しみは並々ならぬものであった。血筋はともかく、いまや貧乏武家のひとつ、そんな忌々しい若造なぞ、即座に切り捨ててしまえ、という声も多く出た。

しかし、諏訪派と反諏訪派の決着は容易につかず、常篤は地下牢に放り込まれたまま、虚しく数日を過ごすことになるのである。