さて、話は、そこから再びさかのぼる。紗枝に別れを告げ、佐助に極秘の命(めい)をさずけ、白装束で城へと出向いた常篤である。城へ向かう常篤を民衆は拍手喝采で出迎えた。沿道を囲む人垣の中を常篤は誇らしいような不安なような…複雑な心境で歩いていた。

(本当にこれで松代藩は変わるのか?松代の民は無駄な命を散らさずに済むのであろうか?)
今となっては後の藩の行末ばかりが気になる。そんな中を、一人の子どもが人垣をかきわけかきわけ、追い掛けてきた。よく見ると、あのときの、握りめしをやった子どもである。この子ども、佐助に聞いたところによると、『秀五』という名らしい。

その秀五が常篤の前にたちふさがって言う。
「おいら、仁左衛門様が打ち首になるなら、一緒に打ち首になりにきたんだ。」
よく見れば、秀五は家にあったボロボロの木綿の布を見様見まねで縫いあわせて、白装束らしき着物を作って着込んでいるのである。
どうやら、常篤が諏訪を斬った後、あわてて家に戻りこれを作って追いかけてきたらしい。
常篤は秀五の頭をなでながら言った。
「ぼうず…いや秀五殿。お気持ちはありがたいが、この度の誅殺は、秀五殿の親兄弟の仇討ちではない。」
「常篤様は、おいらのために諏訪を斬ってくれたんじゃないの?」
「ああ。違う。だから、お家に帰って、立派にお母さんを守って生きるんだ。」
「おっかぁも昨日しんじまったんだ…だからおいらはもう帰る場所がねえ。」
張りつめたものが一気に崩れたように秀五は泣きはじめた。