しかし。
(いまここで引き返すわけにはいかぬ。凶兆に腰が引けて、城の勤めをおろそかにしたとあっては、神仏に逆らってまで改革をすすめたワシにあるまじきこれこそ恥じゃ。もはや地獄に入る心構えはできておる。我は我の信義に従って生きるまで!いま少し。いま少しのところまで来ているんじゃ。)
確かに、諏訪の思い描く財政改革は九割がたのところまで来ていたのである。

そしてその信念の元、諏訪が屋敷を出て間もなく、鬼の形相で福田次郎が到着したのである。

「諏訪様は?諏訪様はおわしますか!」
いつもの物腰柔らかな次郎とは全く違う語気で叫ぶ。
諏訪がいつも通りすでに城へ上がったと家臣から聞いた次郎は、
「石州はおるか?」
諏訪が最も信頼をおいている剣の達人の名を呼んだ。
「すぐに呼んで参ります!」
家臣も事態の緊迫に気付いた様子で慌てて走っていく。
そして間もなく、血相を変えて戻った家臣たちが口を揃えていう。
「石州の姿がありませぬ!」
「とにかく…諏訪様を追うのだっ」
次郎が叫ぶと、諏訪の屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

(間に合えばよいが…)
次郎にとっても一世一代の危機である。