翌朝。
味噌の香りと小鳥の鳴き声で常篤が目覚めたときには紗枝の姿はなく、土間には朝食が作ってあった。
「佐助、おるか。」
「はっ。ここに。」
庭から佐助の返事がする。
「紗枝殿は無事に福田屋に帰られたか?」
「はい。私が見届けましたゆえ。まだ福田屋のものは眠っておりまして、紗枝殿のことは家中誰も気付いておらぬようでございます。」
「そうか。それはご苦労であった…」
そういって常篤は今明けようとする空を見上げた。
「しかし…信玄公より不義を滅せよと白桜を受け継いだ私が、他人の妻を抱くなどの不義を働くとは…皮肉なものだな。」
「いえ。本来紗枝殿は常篤様の妻となるべき方でおわしましたゆえ。福田屋の強引なやり方を考えれば誰も責めますまい。」
「すまぬ。」
常篤は佐助に一礼した。

紗枝の用意した朝食をゆっくりと食すると、常篤は白桜の刀身の手入れを始めた。驚くほど身体のふるえも、心の迷いもなくなっている。
(いよいよか。)