「いえ。実はそんな立派な人間ではないのです。実際、私の体は今も怖さで震えております。」
常篤は、紗枝に舌を出して、笑ってみせた。
「でも紗枝殿・・・」
そういって常篤はまっすぐに紗枝を見つめた。
「あなただけは、この『運命』に負けないで『生きて』ください。そして、運命は、身を任せるものには決して良い未来をもたらしません。あなたはこれに負けないで、時には逆らって生きてほしいのです。」
「・・・」
「それが私の生まれてきた『意味』だと思いますから。」
そういうと、常篤は紗枝を強く抱きしめた。
「常篤様・・・私のような汚れた女に触れられては、清らかな刀が・・・」
「よいのです。」
常篤はその言葉をさえぎってさらに強く紗枝を抱きしめた。
「常篤様・・・あなた様は私の中にある生きる気力の光です。私が生きていていいと感じる希望の光なのです・・・」
紗枝がとぎれとぎれに言葉を発する。
「紗枝殿・・・いま、私にとっては紗枝殿が逆に私を支える強き光なのです。紗枝殿は決して汚れてなどおりません。私にとっては、なによりも美しい心を持ったお人に映っておりますから。」
紗枝が小さく息を吐いて、常篤の腕に身をゆだねた。
「常篤様・・・」
常篤はそのとき、はっきりと心に決めていた。
(もう公も私も関係ない。私は紗枝殿のために諏訪を斬ろう。それでいいのだ・・・)