常篤の脳裏に、以前握り飯を分け与えた子どもの顔が蘇る。
親兄弟を殺され、それでも人としての誇りを失わず、運命に絶望せず生きる。

子どもすらそうして生き抜くかけがえのない人の強さの源を『希望』と呼ばずしてなんと呼ぼう。握り飯を頬張った子どもの笑顔は、常篤にとってなにものにも変えがたい未来への光に見えた。

(いかに諏訪に大義あろうとも。そこにいかなる見事な政としての意味があろうとも…最も弱い民を殺し、民の希望を奪いむしりとるような正義があってなるものか…!)

常篤はそう思うのであった。

悠久なる川はそんな常篤や人の業を気にも止めず、ただ悠然と流れ続ける。常篤が最後の決断をなすまでもう間もない秋の日のことであった。