「……言わなかったわけじゃない。言えなかったんだ」



突然、先輩がポツリとつぶやいた。



「え?」



その時、信号が赤に変わって。

ブレーキを踏んだ先輩が、あたしの方に顔を向けた。



「留学するのは、夢だった。

絶対に行きたい。

だけど、セーラの泣く顔を見るのは辛いし、離れることも……俺だって辛いんだ」



「……」




先輩の未来は、先輩のもの。

足止めする権利は、あたしにはない。



たとえばカヨがあたしの立場だったら。

きっと泣かずに先輩を送りだすだろう。


たとえばダイスケがあたしの立場だったら。

笑顔で「いってらっしゃい」と言うに違いない。



だけど、あたしは。

だけど、あたしは――



「いってらっしゃい」も「行かないで」も言えず……

ただ、降りしきる雨に目を向けていることしか出来なかった。



重ならない未来が、ひたすらに悲しい。