「だけど」



カヨは本を抱きしめて、ベンチから立ち上がる。

そのとき、ちょうど電車がホームに入ってきて、カヨのスカートをバタバタと揺らした。



ゆっくりとあたしの方に振り向いたカヨは……

瞳いっぱいに涙をうるませて。

だけど、微笑んで。



「今日の五味先生、本当に幸せそうだったから……あたし、大満足!」



あたしは立ち上がり、カヨの方に近寄った。

ポロリ、とこぼれ落ちたカヨの涙をハンカチでそっと拭くと……

カヨはあたしの肩に、顔をもたれてきた。



「セーラ、あたしね、やっと今日でサヨナラできるような気がする。

五味先生への想いから。ようやく、ね」



冬の軽井沢で決して泣かなかったカヨが、静かに泣きはじめた。


……あの時の分まで。


電車が行ってしまっても、カヨはしばらく、あたしの肩で泣いていた。