振り返ったその瞬間、姫芽の視界に飛び込んできたのは、窓枠に足をかけた中年の男だった。

男は素早く窓枠を乗り越えると、土足のまま畳に飛び降りる。

黒いキャップの間からは、無造作にはねる肩まで伸びた髪がのぞく。

一瞬の出来事に、姫芽は言葉を失う。

叫ばなきゃ。

そう思っているのに、硬直したのどからは声が詰まったまま出てこない。

「なんだ違うじゃねえか…」

そう呟いた男は、素早く姫芽の口にガーゼを押し当てた。

「まあこいつでいい」

男のじっとりとした声が微かに聞こえた気がしたが、姫芽の意識はそのまま遠退いていった。