「もう、帰ろうな。」理恵は立ち上がると、廊下へでた。春男は理恵を追っかけた。そして肩に手を置いた。「暑苦しいねん。」と理恵は邪険に扱って、手を振り払った。

春男は顔の中心に力がこもった。そして思い切り舌打ちした。「なんやねん。帰れへんかったら、うち一人でも帰るで。」理恵が玄関に向かって、揃えてある靴をみたときだ。ガラッと戸が開いて、母親が戻ってきた。母親は二人の様子をみて、ふと雲行きの怪しいのを感じとったようだ。やがて三人は絡み合うようにして、元の部屋へと戻った。

結局実家には二時間ほど滞在した。理恵は母親から帰りに渡された土産をポンとごみ箱へ放った。「こらあ、なにするねん。」とそれをみた春男が包みを拾っていった。「そんな臭いもんいらん。」理恵は眉間のしわを深くして、威嚇した。理恵の機嫌を損なえない春男の弱点を知り尽くしての態度である。

「一件寄りたいとこがあるねんけどな。」春男は理恵に恐る恐るお伺いをたてた。理恵は春男の困ったような顔をみると、自分にサービス精神の旺盛な春男が哀れになり、「なにやねん。」と仏心をみせた。春男は理恵の気が変わらぬうちにと畳みかけた。「世話になった奴の母親へ香典してやりたいねん。」と用件を伝えた。理恵は春男の言葉をのみこむと、「えらい殊勝なことをいうねんな。」と春男の顔をマジマジとみつめた。

春男の実家をでて、駅の方へ向かう。途中、南北の通りの商店街がある。「へえーっ、こんなとこに商店街があるねんな。」「ここなあ、昔は映画館やったんや。」と春男は、大きな店を指さした。「おれの実家の通りにも映画館があったんや。今は銀行になっとるけどな。」と春男はきかれもしないことを調子良く語った。

二人は商店街を少し入った路地に入る。春男が木戸の上にあるインターホーンを押す。やがて、下着姿の男があらわれた。春男と男は少しの間、なにか喋っていた。理恵は少し離れたところで二人の様子をみていた。「まあ、上がれや。」と男は春男の腕を引っ張った「連れがおるんや。」と春男は男の引っ張る腕を自分の手で抑えて制した。春男は、「裸であれやけど、これでお母さんになにか供養したってくれや。」と男に札を手渡した。