ハクがいなくなって俺は泣いた。泣き叫んだわけじゃない。ただ気がついたら涙が流れていた。
 ハクがいなくなった手のひらは寂しくて、ハクのいなくなった桜の下の下は静だった。
 俺は何も考えないようにして家へ戻った。
 家に着くと、母さんにこっぴどく叱られた。
 相変わらず桜の木はポッキリと折れたままだった。
 折れた木を見ながら俺は思った。
 どうしてハクは俺に会いに来たのだろう。
 会いに来たその時間が楽しければ楽しいほど、帰りたくないはずだ。どうせいなくなるなら、何もないままいなくなりたい。俺ならそう思う。
 俺ならきっと、こんなに離れ難いなら、こんなに寂しいなら、会いに来なければよかったと、そう思う。
 俺ならそうだけどハクはどうだろう。
「……そんな卑屈には考えないか」
 一人ポツリ呟いた。
 ハクにはきっと、好きな人との想い出も何もないままいなくなるほうが辛いことなのだろうと、ハクの木を眺めて思った。