「話は聞いたことあります。人を襲うそうですし、恐ろしいですね…」


「え…あ、ああ…」



意外と物の怪の存在を理解してるらしいようだった。



空を見上げると、まだ暗い。



物の怪は夜が更けるにつれて動きが活発になると、以前晴夜が言っていた。



いつどこで物の怪が現れるのか分からない。



自分はもちろんのことだが、朧の身も危うくなる。



「…そろそろ帰ろう」



約束の笛の音も奏でたし、今夜はもういいだろうと思って言ったことだったが朧は何故だか悲しそうな顔をする。



それを見て隆雅は何か言おうとしたが、朧が先に口を開いた。



「そうですね。物の怪のこともありますし…」



そう言って、朧はふわりと頭を下げた。



「ありがとうございました。笛の音、とても綺麗でした。…あの…もし良ければ…」


「毎晩ここに来るから…」


「え?」


「笛の音を聴きたくなったら、いつでも来てくれ」



そうは言ったが、もう一度朧に会いたいという口実に過ぎない。



ふと朧の表情を見ると、嬉しそうだった。



「はい…!ありがとうございます!」



喜んでくれているようで、隆雅も朧を見て嬉しくなった。








―――桜の花弁がひらりひらりと目の前を通り過ぎていく。



月の光に照らされた桜の木の下で二人が会うのはこれで最後になった。