「なんやねんこれ」

「…………」

「なんやこの声。
上手いとかそんなレベルやない。
ちょっと俺恐いわ」


少しだけ震えて聞こえたケンゴの低い声。
コイツにここまで言わせるなんて
やっぱりこの女の声は本物だ。


「俺も初めて聞いた時はそうだった。
恐くなって……その時は
PCで聴いてたんだけど
思わず電源切っちまった。
これは聴いちゃいけない音楽だって。

その後は自分が今までやってきた音楽が
よくわかんなくなって、
しばらくベース弾けなくなったりした」

「俺も今そんな気分や」


いつもは負けず嫌いなこの男の
素直な敗北宣言に
お互い顔をあわせフッと軽く笑う。


「……でもしばらくして
またベース弾きだしたら本当止まんなくて。

この声が頭の中離れないまま
狂ったように弾き続けて
がむしゃらに曲書きまくったりした」

「そうか、お前の曲
いつもこの声を想定して作っとったんやな。

普通のやつじゃ歌えんような
カッコイイんやけど
ある意味壊れたメロディ」

「別に意識して
作ろうと思ったわけじゃないんだ。
ただこの声が頭から離れなくて
自然にそうなっちまう」


そう、まるで
何かの罠にかけられたみたいに。


「わかるわ。
なんやろな、常傭性っていうか
ある種中毒的な危うさがある」

「ああ。
どう表現したらいいかわかんねぇけど
痛みとか孤独とか
そうゆう人間の負の感情を
掘り起こされる感覚がある。
でもそれだけじゃなくて
光とか希望もどっかに同居してて。

それはコイツの
表現力が豊かって訳じゃなくて
声が持つそのものの性質っていうか……」

「だからこんな
どうしようもない気持ちになるんやろか。
魂を揺さ振られるっていうか
圧倒される」


たたみかけるように
熱っぽく語り合う。

それから二人、何となく黙って
ぬるくなった缶コーヒーを開けた。