薫が倫と樫野に気がついて足を止めた。
「樫野・・・倫ちゃん・・・」
樫野と倫の顔をまじまじと見つめた。
倫は突然の二人の登場に驚き、泣いていることをすっかり忘れた。
薫が倫の涙に気がつくと、樫野に詰め寄り、樫野の襟首をぐいっとひきつけて声を上げた。
「樫野・・・この人に何した!?」
倫は驚いて、慌てて二人の間に入った。
「なんでもない!なんでもないの!目、目にゴミが入って、困ってたとこ!ね!樫野君!」
倫のとっさのうそ臭い取り繕いは薫の耳には届いていないようだった。
樫野は怒ったような顔をしていたが、倫にはきっと悲しみを隠すための仮面の表情なのだろうと思った。
彼の体が震えている。
「小山田さんが・・・気に入ったから、口説いてたんだ」
そう言って、離していた倫の手を再び手に取った。
倫は何を言ってるのだと、声も出ないほど驚いた。
(うそ!この子はあなたのことが・・・)
倫は樫野がなぜそんなことを言ったのかわからなかったが、樫野が傷ついているのだけはわかった。
「え?な、なんなの?ちょっと、私も九条君と大事な話してたとこなんだけど・・・」
由香が間に入ってくる。
樫野は無視して続けた。
「薫、お前は諦めたんだろ?僕が彼女を好きになって、何か問題でも?」
「諦めてなんか・・・!」
薫は言いかけて、倫の顔を見て止めた。
倫は何も言えなかった。繋いだ樫野の手から、痛いほど悲しみが伝わってくる。
彼はわざと自分を傷つけている。
薫は目を閉じ、ふーっとため息をついて心を落ち着かせているようだった。
「・・・わかった。邪魔したな。」
そう言って去っていった。
「なんなの?意味わかんない。九条君待ってよお!」
由香が走って薫を追っていった。
樫野は二人が立ち去った後もしばらくその場に立ち尽くしていた。
倫も何も言わずそこに立っていた。
薫の倫への想いと、樫野の薫への想い、そして自分の薫への想いがぶつかり合って、倫を押しつぶしそうだった。
樫野が薄く笑った。
「薫が本気で怒るとこ、初めてみたな・・・」
表情が暗くてよく見えないが、きっと今は素直に悲しい顔をしているだろうと倫は思った。

