キヨは倫に熱いお茶を出すと、自分はいつもの煙管でタバコを吸い始めた。

「そうだねぇ・・・何から話すかね。忘れてしまおうと思って生きてきたからねえ。」

キヨは遠くを見つめるような目をして、記憶を辿っているようだった。

倫は静かにキヨの言葉を待った。

「幸子には結婚を約束した人がいてね。

混血で、父親もいないあの子をもらってくれる
なんて、ありがたい人だと思っていたけど、これまた出来た人間でね。

役所に勤めてて、酒もタバコも博打もやらない、真面目でいい男だったよ。
まあ、見てくれはイマイチだったけどね。」

キヨはふふ・・・と静かに笑った。

「なんでも、通勤中の幸子に惚れたとかで、ある日駅で突然声をかけてきたらしいんだ。

幸子も最初は怖くて逃げてたみたいだけど、実家から届いた野菜です、とか言って、トマトやらきゅうりやらをいつも沢山くれてねえ。

それを無理やり幸子に渡してさっさと帰るんだって言うじゃないか。

うちも貧乏だったし、助かってねえ。

その野菜が美味しいくてさあ。

あたしが『こんな美味しい野菜を育ててるご両親で育ったんなら悪い男じゃないよ。一度夕飯ぐらい食べに行っておやり』って言ったんだよ。」

倫はいつも写真で見ている幸子の顔を思い出した。

ハーフだからか、とても美しいのだが、派手には着飾らず、どの写真も質素な服を着ていた。

目立ちたくなかったのかもしれない。