「九条薫です。宜しくお願いします。」
そう言って深々と頭を下げた。

「いいから、もう行って。はい、じゃあ、またね!」
倫は恥ずかしくなり、薫を引っ張って車に押し込んだ。
車が発進すると、倫はふーっとため息をついた。

「キヨちゃん、今の人は・・・」

振り返るとキヨが固まって車が走り去っていく方向を凝視している。

「・・・九条・・・だって?」
「キヨちゃん?」
「今、九条って言ったか?」
キヨが微かに震えているように見えた。

「うん・・・九条薫だよ。」
「まさか、あの九条じゃ・・・」キヨは独り言のように小さい声で呟いた。

「あの九条って・・・キヨちゃんも知ってるの?お公家さんだったんだって。やっぱり有名なのかな・・・。」
その言葉にキヨの顔つきが変わった。

突然倫の二の腕をすごい力で掴んで言った。

「倫!・・・だめだ!あの男はだめだ!絶対に!!」
「キヨちゃん!?どうしたの?いた、痛いよ。」

キヨの目はいつもの優しい眼差しではなかった。

「もう二度と会ったらだめだ。いいね。」静かに、だが力強い声で言った。
倫を掴んだ手が震えている。

倫にはなぜキヨがこんなことを言うのかわからなかった。

「キヨちゃん、なんで突然そんなこと言うの?あいつ、確かにお金持ちだけど、そう嫌なやつじゃないんだよ」
「だめだ!とにかくだめだ!いいね、もうこれきりにしなよ。」
そう言うと一人で先に家に帰ってしまった。

(キヨちゃん・・・どうしたの・・・?)

倫は戸惑いながらも、キヨに掴まれた腕の痛みに、これから何かが起こる予感がしてキヨの背中を見つめた。