倫はやはり自分の存在が表に出てきてはいけないのではないかと思い始めた。
政子に会うのが益々怖くなってくる。

「これで一つわかったことがある。大おば様も磯井も、君のことを知っているんだ。君の顔を知っていて、君がどんな人なのかもね」

倫を見て驚いたということはそういうことになるのだろう。
政子は倫の存在を知っていた・・・。それでいて今まで何もしてこなかったのだから、やはり隠しておきたい存在だったからだろう。

ふと気がつくと両側に木が生い茂る道にいた。考え込みながら薫について歩いていたので全く気がつかなかったが、前方に赤い鳥居が見えるところから察するに神社にいるようだった。

「・・・ここは?」
「下鴨神社だよ。知ってる?」
「下鴨神社・・・。葵祭りやってるとこだよね?テレビで見たことある」
「そうだね。残念ながら葵祭りの時には来たことないんだけど、静かなところが気に入ってるんだ。加納の家に来た時は必ずここに寄る」

世界遺産にもなっている下鴨神社には糺の森(ただすのもり)という、古代から残っている原生林の森が広がっており、その参道は静かで神々しい雰囲気を醸し出している。
とても街中にあるとは思えない。

「・・・素敵ね」

倫がしみじみと感嘆して言う様を薫は満足気に見つめた。

「憂き世をば 今ぞ別るるとどまらむ 名をば糺すの神にまかせて」
「・・・・?」
「光源氏が詠んだ歌だよ。『辛い事の多いこの世と今別れます。私の裁きは、糺の森の神に任せます』」
「裁き?」
「昔々、この森で祭神が人々の訴えを聞いて善悪を裁いた・・・という意味で『ただす』という名前が使われたって言われてる」
「糺の森の神・・・」