薫が玄関の呼び鈴を鳴らそうとした時だった。

「いらっしゃいませ。薫様」

玄関が開かれ、藍色の着物を着た30歳前後の男性が立っていた。薫が来たことに気がついて迎えてくれたらしいが、倫は男を見て嫌な気分になった。
動きがあまりに静かで、表情も笑みを浮かべているが目が笑っていない。

「ついこの間いらしたばかりで、こんなにすぐに再びお目見えすると思っておりませんでした」
「大おば様はいる?」

薫は男に対して何の感情も示さない表情で尋ねた。

「はい。もちろんです。薫様がいらっしゃるのに、お出かけになるはずございません。朝からずっとお待ちしておりますよ」

(朝からずっと・・・?)

倫は薫がここに来ることをあらかじめ伝えてあったのかと思った。
しかし、薫の表情を見てそうではないことを感じ取った。
薫はあからさまに嫌そうな顔をしている。

「・・・夜は何時に来くればいい?」
「8時以降でしたら何時でも大丈夫です」

男は相変わらずの作り笑いを浮かべて答えた。

「では8時に来る。大おば様に伝えてくれ」

行こうと言って、薫は倫の肩を抱いて立ち去るよう促した。
倫は男に軽く会釈をした。
すると男はそれまでの作り笑いを突然やめ、倫をひどく見下したような表情で睨みつけた。
背中がゾクリとし、倫は思わず目を逸らした。

(何・・・今の・・・)

薫はあの表情には気付くことなく早足で歩いていく。
あの男は明らかに倫を拒絶していた。
倫の中で不安がだんだん大きくなっていく。

門を出ると、緊張から解放されたからか、体が軽くなったような気がした。

「あの人・・・私達が来るのを知っていたみたいね」

倫は何気なく言ってみた。薫はチラと倫を見ると、すぐに目線を前に戻した。

「行くなんて言ってないのに、何でも筒抜けなんだ。でも、君と一緒なことまでは知らなかったみたいだね。磯井・・・さっきの男だけど、磯井が驚いてたから」
「驚いてた?全然そんな風に見えなかったけど・・・」
「俺と話している間、君のことを全く見なかった。普通、知らない人を連れてきたら少しぐらい顔を見るものさ。あいつは驚いた時に限って不自然な態度を取るんだ」