土曜日の京都駅は人々でごった返していた。
倫は京都に来たのは中学生時代に修学旅行で来た以来である。
薫は慣れているようで、倫の手を引き、迷うことなくタクシー乗り場に向かった。

「北山駅に向かってください」

運転手は軽く頷くと車を発進させた。

「・・・大おば様は夜にしか人と会わないんじゃないの?」

まだ昼過ぎである。倫は京都に着いてすぐに周一郎の姉のもとに行くと思っていなかった。
薫が少し困ったような表情をして答える。

「夜にしか会わないくせに、京都に着たら真っ先に家に来ないと怒るんだ。とりあえず行って家の人に挨拶だけして、それから少し京都を回ろう」

そう・・・と倫は呟き、そういえばこれから会うというのに、周一郎の姉の名前すら知らないことに気がついた。

「ねえ、大おば様って何て名前?どんな人?」
「名前は政子。加納政子。加納秀雄という学者と結婚して子供を三人生んだ・・・俺の父と伯父を抜かしてね。頭の良い人だけど・・・とても厳しい人。プライドが抜群に高い。このご時世に華族の娘ということを誇りに思ってるような・・・数少ない人種さ」

薫は政子のことを好きなのか嫌いなのかわからないような言い方をした。

(どんな人なんだろう・・・少し怖いな・・・)

胸の中にある不安が徐々に大きくなる。政子が倫のことを歓迎してくれるとは思えなかった。
あの日記の様子では、政子は二人の子供を九条家に手渡していることになる。
にもかかわらず倫が生まれたとなったら、自分のしたことはなんだったのかと憤るに違いなかった。

京都の景色を楽しむ余裕もなく、タクシーは加納邸に着いた。
倫は驚いた。塀が延々と続き、竹林に覆われ、門からずっと離れた場所に家が見える。
薫がためらうことなく門を開けた。

「この家も、人の出入りが多いから門はいつも開いてるんだ」

竹林を抜けると綺麗に剪定された庭が広がった。
古い日本家屋だったが廃れることなく綺麗な状態で保たれ、文化財かと思わせるほどだった。