『5月9日。
姉さんの説得に心が揺れる。成明、孝弘を手放させておいて、ひどい仕打ちをするものだと我ながら思う。それでも九条の家に必要なのは倫のみ。早く私のもとで育てたい。』

そこで終わっていた。
倫は意味が理解できずに最初から何度も読み返した。

「待って・・・頭が混乱して・・・」
「倫ちゃん」

倫は思考が定まらないまま薫を見た。

「九条周一郎という人はずっと子供ができなかったんだ。祖母のせいだけではなかった。どの女性との間にもできなかったんだ。

5月24日の日記の’ヤエコも駄目’というのはそのことだと思う。しかし、君のお母さんとの間にだけは何故か・・・奇跡的に子供を授かった」
「そんな・・・」

倫はうろたえ、視線を彷徨わせた。

「でも、それじゃあ、あなたのお父さまや伯父さまは・・・」

薫は迷いもなくきっぱりと答えた。

「5月9日の日記に書いてある通りさ。姉に成明、孝弘を手放させた。つまり、俺の伯父と父は、祖父の姉が産んだんだ」

倫は何がなんだかわからず、薫はなぜこんなに冷静に話しているのだろうなどとぼんやり思った。

薫が倫の手を握って言った。

「九条の直系は君だけなんだよ」

倫はただただ困惑して薫の黒い瞳を見つめた。

この事実がこの後、倫の人生を大きく変えることなど思いもしなかったのである。