朱月はゆっくりと振り向いた。

その目は確かに私に向けられてはいたが、何故か目が合ったようには思えなかった。

朱月は突然声を掛けられたことに、特別驚いた様子はなかった。

そして、またゆっくりと窓の外に視線を戻した。


「変わってんな、お前。俺に声掛けるなんて…」


「‥どうして?クラスメイトに声掛けるのって変?」


「…」

視線を留めたまま、朱月は口元だけで微かに笑った。

「やっぱ変わってるよ、お前…」


子どもらしい笑い方ではなかったし、心からの笑顔でもなかった。

しかしそれでも、私は初めて目にする朱月の表情に、大きな喜びを感じていた。


「あたしの名前は望月天音(モチヅキアマネ)!お前って言わないでよね。あたしは‥朱月くんって呼んでも良いよね?」


「アマネ?苗字みたいな名前だな…」


「‥皆、可愛いって言ってくれるもん…」


苗字みたいだと言われたのは、決して初めてではない。

実際、このクラスにも『雨嶺』という苗字の子が居る。

しかし、私は自分の名前をとても気に入っているのだ。

だから、名前についての否定的な意見は受け付けない。


「それは悪かったな」


「え?」


「別に変な名前って意味で、そう言ったわけじゃねぇから」

そう言って、朱月はそっと目を伏せた。


素直に謝られてしまった私は、困惑してしまい、目を泳がせた。

それどころか、朱月の様子を見て、何か余計なことを言ってしまったのだろうかと、不安になった。

あの頃の母と似た朱月を見たくはないのに、どうすれば彼を励ますことが出来るのか、幼い私には判らない。


「あ、ね、ねぇっ、天音の宝物見せてあげる!」


朱月をこんな表情にさせてしまったのが自分かと思うと、酷く胸が痛む。

私は何とかその痛みから逃れようと、慌てて鞄に手を伸ばした。