狭く薄暗い、檻のような部屋の中に、幼い少年の泣き声が響く。

俺は、ただ立っていた。

その子どもに声を掛けることも、駆け寄ることもせず、ただ立って、そこに居る。


目も向けなかった。顔は‥見たくない。

顔なんて、見る必要はない。

啜り泣くようなその泣き声だけで、それが自分であることを理解するのは簡単だった。

その泣き声だけで‥過去を思い出すには充分すぎた。


俺は、ゆっくりと目を開いた。

どれだけ息苦しさを感じても、もう飛び起きるようなことはない。

それは、あの日から見続けている夢だからだろう。

もう今では、目が覚める前に夢だと気付くこともできる。


ただ‥それでも、その夢に縛られ続けている自分が存在する。

いつまでも消えない苦しみ。

年を重ねるごとに増していく、ある人物に対しての憎悪の念。

いくら過去から目を背けても、俺に付きまとう凶器にも似たこの感情…。


「火月(カヅキ)、これあげる」

「火月、危ないよ!」

「馬鹿だなぁ火月‥ほら、もう泣かなくていいから」

「ありがとう、火月。大好きだよ」


「‥そうじゃない…。やったのは、火月だよ…」


消し去ろうとすればするほどに留まり続ける記憶は、色褪せることもなく、驚くほど鮮明だ。

笑顔、笑い声、優しさ、温かさ‥そして、突然の裏切り…。

そのことを思えば、悲しさと悔しさでどうしようもなく身体が震えた。

誰かにどれだけ優しくされても、誰かとどれだけ楽しい時間を過ごしても、俺の中にあるのは、アイツへの恨み‥そればかりだ。

これから先、それ以上の感情が生まれることは決してない。