「別に」


「別にって‥だとしたら、そんな顔しないはずだよ」


「どんな顔してるっつーんだよ?」


次第に腹が立ってきた。

自分勝手だとも思うが、言いたくないことを追求されれば、大抵の人間が抱く感情であるはずだ。


「ごめん‥無理に訊き出したい訳じゃない。でも、いつまでたっても、朱月がそんなだから…」


天音は、それ以上言葉を続けなかった。

俺の不機嫌さが伝わったらしく、口を噤んだのだ。


途端に静まり返る教室。

次第に冷静さを取り戻していく頭。

それらが俺に、天音に対する罪悪感を抱かせた。


「じゃ、俺、約束あるから」


この沈黙に耐え切れなかったのは、天音ではなく俺の方だった。

俺は鞄を手にして立ち上がると、逃げ出すように天音に背を向けた。


天音は、もう何も言わなかった。

だが、教室を出るそのときまで、俺は天音の視線を感じ続けていた。