「アルマさん」

男は病室へ入り、手前の左右にあるベッドを通り抜け、ある女性の前に立つ。病室には入り口から、左右壁に頭の部分がぴったりついて、等間隔に3つずつベッドがある。左右合わせて6つのベッドがある。ここはどこにでもある、病院の共同部屋だ。

その女性は入り口から見て左側、一番部屋の奥にあるベッドにいる。そこはちょうど部屋の窓に添うようにベッドがあり、女性はべッドから上半身を起こし、窓の外を見ていた。窓は少しだけ、空気の入れ替えのためか開いていた。横に引いて開けるものだった。

女性は窓外の風景に夢中なのか、男の呼び掛けに気付かなかったみたいだ。

だが、男には、女性は目を細めて、何か、女性が窓の外を見ているようには、いつも思えなかった。どこか、見えない遠くを、透かし見ている気がした。何か遠い故郷を思い忍んでいるような、あるいは、想い人を……。

男は女性を見つめてふう、と息をついた。

女性は陽の光を受けて、長く黒い髪をきらきらと輝かせていた。時折、強い陽の光に女性の髪は焦茶色に見えた。

髪とは正反対に、女性の顔は真っ白だった。美しく整った顔なのだが、たまに病気のせいなのか顔色が悪くなり、青白く見える時がある。黒い髪に青白い顔、それはまるで――、

「あら……? 来ていたの?」

男は透き通る、声音の高い女性の声を聞いてはっ、と我に返った。それは紛れもなく、目の前の女性の声だった。

「え、あっ」

急に頭が現実世界に引き戻され、女性を前に何を言ったら良いのか分からず、口だけがぱくぱく動く。そんな男に女性はゆっくり頬笑み、

「何か考え事でもしていたのかしら?」

少女のように、透き通った高い声で彼女は言った。男の顔を覗き見るように、首を傾げる。

「い、いえ……。大したことではないです……」

男は情けないと思いながらも、彼女から目を逸らす。あなたのことを考えていました、など馬鹿正直に言えるものか。

「そう。――それじゃあ、今日もまたお話でもしましょうか」

女性はそういうと腰を浮かし、前屈みになってベッド脇にあった、背もたれのない丸椅子を男のほうへ引き寄せようとした。