感方恋薬-知られざる月の館-

何時ものあたしなら、弟を無理やりどかしてあたしが歯を磨き始めるのだが、今日のあたしは一味違う。


「おはよう、弟よ」


思いっきり作り声であたしはそう言うと、しなを残した優雅な仕草を崩す事無くひらりと歯ブラシと歯磨き粉を洗面台から取り、これまた優雅な仕草でゆっくりと貴婦人を気取って歯を磨き始めた。


そんなあたしの様子を見た弟の表情が、みるみる曇って行くのが分かる。


「…はねひ…はんははっはほ(あねき、なんかあったの)?」


おほほほほ、弟よ今朝のあたしは、何時ものあたしと違うのよ。


あたしは月の館で若様に呪術の英才教育を受ける高貴な身、下々のあんたとは違うのよ。


高笑いしたい衝動を、いけないいけないと必死で抑えながらしゃこしゃことあたしは歯を磨き始めた。


「はんはは、ひもひはふいは(なんだか気持ち悪いな)」と弟はあたしの顔をジト目で見詰めると、歯磨きの作業を一時中断した。