──ガタンッ。

突然、雑な音と共に引かれた向かい側の椅子。

目元をそっと拭った時、空だったそこに誰かが腰をかけた。

両肘をテーブルに乗せ、疲れきった風な一人の男。

しばらくそのまま喋る事も出来ないその人は、
濡れた頭を私に差し出すような体勢で、ハァハァと肩で呼吸をしていた。

そしてゆっくり顔を上げたかと思うと、黙って見つめる私を息苦しそうに睨み付ける。

「相席、いいですか」

やっと出た一言は、それだった。

途端に止まっていたはずの私の時間が動き出す。

「──……困ります」

「待ち合わせ?」

「いえ」

「なら、いーじゃん。他に空いてないし」

「……」

確かに。

ちょうど今、空いてる椅子はここだけのようだ。

「まいった。途中で降り始めるから、焦って」

男は濡れた髪をパーカの袖で無造作に拭って、呼吸を整えた。

そして、当たり前のように私に話しかけてくる。

「ブラック、美味しい?」

「──ナンパですか」

「は?」

今は誰とも話したくないのに。

ゆっくり気持ちを整理しようとしている私を邪魔しないで欲しい。

「あかの他人と、そんな軽々しく会話なんてするつもりないですから」

「……へー」

キツい言い方をすれば、たじろぐかと思ったのに。

そんなこと少しも気にとめてない風な男の返事に、なんとなく感じる敗北。

「じゃあ、自己紹介でもしようか?」

“あかの他人”から“知り合い”にでも成り上がろうと言うのか。

「結構です」

まるで心ない声も

「傷心中?」

瞳に薄っすら浮かんだ涙を見た後の一言も、私をひどく苛立たせる。