【短】雨宿り

「今朝目覚めたらさ、部屋にカレーの匂いが充満してて。寝る前はしなかったよなーって台所行ったらさ、パスタ用に買ったばかりの深鍋に大量のカレーが入ってたんだよね。

しばらくは飢え死にしないで済みそうな量。

もしかしてと思って冷凍庫開けたら、小分けしたご飯がたくさん冷凍されてた。

なんでだと思う?」

「……さあ」

「彼女、俺が寝てる間に夜な夜なそんなことしてたみたいなんだよね。指の絆創膏半端なく増えてるし」

「ふーん」と言いながら、私はテーブルの上にあった手を膝の上に置いた。

「あれ、絆創膏入ってないか心配なんだけど」

「多分、大丈夫じゃない?」

「なんで?」

「ビニール手袋して作ったかもしれないし」

「確かに。破けた手袋が何枚も転がってたわ」

髭男は面白そうにククッと笑う。

「ゴミ箱にもさ、分別の仕方とか、ゴミ出す曜日とか書いたメモが貼ってあって。クククッ」

けどすぐに笑みを消すと、寂しそうに私を見て言った。

「そんな彼女だから、俺はまた彼女を好きになるんだ」

私の手のひらの中にあるものが、ズシッと重みを増した気がする。

「部屋、鍵開けっ放しだからそろそろ帰らないと」

「鍵?かけなかったの?」

髭男は2枚の伝票を掴んで、質問する私をジッと見つめた。

またドキッとしてしまったことを悟られないように、私は髭男の手元に視線を落とす。

「……自分の珈琲代は払うから」

伝票を奪おうとすると、髭男はひょいと避けた。