【短】雨宿り

「だからこの喫茶店でバイトしたんだよ。さっき話してたウェイトレスは、俺のバイト仲間。

ここ、彼女の家近かったからさ。

彼女の家に一番近いバス停がすぐそこにあるし。偶然バッタリって確率もそう低くないなーなんて思って。

そしたら、マジで会えたんだ」

そう言って、髭は思い出し笑いをする。

「バス降りた彼女がそこの道を通る時、中にいる俺と目を合わせたのが最初で。

その日以来、バス降りる度、俺を探すように店の中見つめる彼女に気づいて、そのうち笑いこらえるの大変だった。

あれ、気づかれてないと思ってたのかな。いつもオデコ掻くふりして片手で顔隠して指の隙間からこっちを覗き見てさ。

でも、そんな彼女を眺めながら、まだ俺らは終わってないんだって、安心したんだ。

それで、いつか入ってくるかもって毎日期待してたんだけど、それから1ヶ月かかっても全然入って来なかったんだよね。

そのうち彼女の誕生日になっちゃってさ、俺から声かけないと多分また通り過ぎて行っちゃうんだろうなって思って。

その日は朝から声かけるタイミングとセリフをずっと考えてて。珈琲運びながら窓の外ばっかり気にしてた。

そしたら、雨が降ったんだよ。

雨が、いつも通り過ぎて行くだけの彼女を、その軒下に留めてくれて。

俺は迷わずそのドアを抜けて『もうすぐバイト終わるから、送るよ』って声をかけたんだ」

ちょうどこれくらいの小雨で……って空を見上げる髭は

「あの日、俺は雨に感謝して、それで雨を好きになった」

って、静かに微笑んだ。

変わらず降り続く雨音が、急に鮮明に聞こえ始めた。

まるで、そこの軒下で雨宿りしてるみたいに。

冷たく沈ませる雨が優しさに変わってく。