影を往く者、闇に逝く者-戦国隠密伝-

やがて。

「!」

不意に走り出した私に、そいつは慌てた。

ただでさえ走りにくい茂みの中だが、私は難なく平地を走るような速度で駆け抜ける。

…どうやらそいつは尾行役としては素人だったらしく、あっという間に私を見失い。

「動くな」

頭上の枝からぶら下がった私は、そいつの喉元に苦無を突きつけた。

…そいつは男だった。

年齢は四十手前くらい。

割と整った顔立ちをしている。

人を欺き、疑う事に慣れた間者の顔ではない。

元々はこういう任務専門ではないのだろう。

…苦無を突きつけたまま、男の背後にヒラリと舞い降りる。

「何者だ、お前」

抑揚のない声で尋ねる。

尋ねながら、男の身体検査をする。

腰の刀、懐の小太刀は奪い取り、遠くへ投げ捨てた。

後は武器らしきものは持っていないようだった。