「やってみたらどうです?」
「はい、はーい!それは執事としてらしからぬ発言かと思います」
「そうですか。それでは前言撤回致します」
椎名がこんな冗談を言えるのもユリ子の前でだけだった。
ユリ子は何か考えを巡らせているのか、静かだ。
「ねぇ、家出したらお母様は心配するかしら?」
「何を考えているかと思えば、そんなこと」
「し、椎名が言い出したんじゃない。やっぱり私には無理だわ」
椎名はミラー越しに、ユリ子を確認すると左折した。
「そろそろ帰りましょうか」
椎名は思います。
娘が思うようになると思っている奥様も、
家のことには一切、奥様まかせなのにうるさく口を挟むお父様も、
お嬢様がとても大事なことには変わりはないのです。
そして、いつも両親の期待にそえているお嬢様は、少しくらい我侭を言ってもいいのだと。
お嬢様だって、いざとなったら辞められるはずです。
強い、意志さえあれば。