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というわけで、
彼の労働と、
価値の「余分」とは、
関係がない。
つまり、
50円のねだんのものは、
60円のねだんでもある、
なんていうことは、
ありえない。
商品の持ち主は、
自分の労働で、
価値を作る。
だが、
自分で勝手に増えるような価値は、
作れない。
彼は、
自分の商品の価値を、
高くすることは、
できる。
だがこれは、
それまでの商品に、
労働を加えることで、
そうなるのだ。
たとえば、
布の価値を高くするため、
かれは切ったり縫いあわせたり、
と、
労働を加え、
上着を作る。
だが、
布の価値は前と変わらない。
布の価値は増えていない。
上着が生産されるあいだ、
布が「余分な価値」を付け加えることは、
なかったのだ。
というわけで、
彼の労働と、
価値の「余分」とは、
関係がない。
つまり、
50円のねだんのものは、
60円のねだんでもある、
なんていうことは、
ありえない。
商品の持ち主は、
自分の労働で、
価値を作る。
だが、
自分で勝手に増えるような価値は、
作れない。
彼は、
自分の商品の価値を、
高くすることは、
できる。
だがこれは、
それまでの商品に、
労働を加えることで、
そうなるのだ。
たとえば、
布の価値を高くするため、
かれは切ったり縫いあわせたり、
と、
労働を加え、
上着を作る。
だが、
布の価値は前と変わらない。
布の価値は増えていない。
上着が生産されるあいだ、
布が「余分な価値」を付け加えることは、
なかったのだ。


