そう言ってから、彼女はいつものお願いね、とマスターに声を掛けた。


白髪混じりの男は、少しだけ顔の筋肉を緩めて見せる。


が、俺はと言えば、あまりにも普通にその名が出てきたことに驚いた。



「まぁあの人、当分美味しいコーヒーなんて飲めないでしょうけど。」


何でも知ってるレイコさんやし、知らないはずはないと思ってたけど。


本当に嶋さんが言ってた通り、あの人が居なくなっても全然普通に見える。



「昔よく、ふたりでここに来たの。」


来たコーヒーに口をつけ、彼女は遠く窓の外を見つめて言った。


俺が何も言わなくても、言葉を選び出すように話してくれる。



「じゃあ、当分無理やね。」


「そうね。」


「…寂しい?」


「あら、どうして?」


どうして、と聞かれても困ってしまう。


探るつもりはないはずなのに、こんな風にしか問うことが出来ない自分が居る。



「…嶋さんいなくなって、寂しいんちゃうん?」


「馬鹿なことを言うわねぇ。
あたしはあたしだし、嶋さんは嶋さんでしょ?」


別々に生きているから、とでも言いたいのかもしれない。


俺は諦めるようにため息を混じらせ、コーヒーを口に含んだ。


レイコさんは窓の外を見つめたまま、何かを思い出したように小さく口元で笑っている。



「彼、最後にあたしに電話なんてしてきたのよ?」