茅場町の駅についたのは家を出て40分後だった。

あらかじめ講演会の会場の地図を印刷しておいたのだが、初めて降りる駅なだけに地上に出ると現在地がどこなのかわからずに混乱してしまった。

周囲を見回し、地図を凝視する事を何度か繰り返し、ようやく自分の位置を確認した。

田舎者を見るような目で見られているような気がして、俺はすれ違う子連れの主婦をジロリと睨みつけたが、向こうはまったく気にさえかけていない様子だった。

大学に入るまで、俺は新潟の山間部の村で過ごした。
初めて東京に出たのは大学入試の時だ。

相変わらず、それをコンプレックスに感じている。

目的地はここから見えるコンビニの角を曲がって500メートル直進したあたりにあるビルの3階だ。

トボトボと歩を進めながらも既に情熱が覚めつつある事を俺は感じ始めていた。

少しばかりネジが外れた女に偶然電話が繋がっただけじゃないか、と。

せっかくの休日だと言うのに馬鹿らしい時間の使い方をするもんじゃない。

だか、ここまで着てしまったんだ。当初の目的意識が薄れたからといってやめてしまえば、それこそまったく意味の無い時間を過ごしたことになる。

既に目的地のビルの前だ。昭和の香り漂うレトロなビル。
まあ、単にオンボロなビルだ。老朽化著しいそのビルの入り口の上には「茅場町ビルヂング」とある。かつては金メッキであっただろうそのロゴも今では剥げ落ちてみる陰もない。

しかし、この表示が無ければ見落としていただろう。まさかこんな場所とはな。

俺はすすけたような光が窓からこぼれる茅場町ビルヂングの3階をじっと見つめた。