図書館で会いましょう

「いやいや。別に。」
北澤は由美の気持ちを察したのか笑顔を向けた。
「でも遠山さんって不思議な人ですね。」
北澤から出た言葉は意外なものだった。
「そう…ですか?」
由美はそれにどう対処すればいいか分からなかった。
「ええ。」
今度は察してくれなかった。
「不思議ー、んー、山本にはぼーっとしてるとか天然だねって言われますけど…」
由美は北澤が言う『不思議』の意味が分からなかった。
「いやいや。そういう意味じゃなくて。」
「え?」
「いや…今の話もあまり話したことがなかったんで。まだそんなに会ったことがないのに話せるなんて不思議だなって思って。」
そういう北澤の表情は優しかった。由美はその表情でそう言われるとやけに嬉しくなった。
「そうだ。肝心の絵。」
北澤の言葉に由美ははっとする。
「そうですよね。変にくつろいじゃいました。」
お茶を飲みながら少し顔が赤くなるのを感じる。
「こっちの部屋です。」
北澤は隣の部屋のドアノブに手をかけていた。由美はカップをテーブルに置き、北澤の後ろに立つ。ガチャリとドアの金具が動く音と共に風が流れてきた。油絵の絵の具の匂いがする。その風は季節を感じさせない涼やかさがあった。
「あっ…」
八畳ぐらいの部屋の真ん中にそれは無造作に置いてあった。一瞬、写真かと思わせるその絵は確かにあの日見たものだったが、人を引き込む何かはあの日よりも一層深くなっていた。
「すごい…」
由美は思わず呟く。
「自信作です。」
北澤は満足したような笑顔をしていたが由美の視界には入っていなかった。今、由美の視界にはただ一枚の絵しか入っていなかった。北澤はその様子を見て何かを話しかけるのをあきらめた。
北澤は黙って椅子を出す。由美は黙ってそれに座る。北澤は小さなテーブルにカップを置く。由美は黙っておじぎをした。北澤はドアを開けたまま別の部屋に消えた。