「……そんなことして、楽しかった?」

「最初はね。でも、まさかあんなお芝居で、ソラが美夕に惹かれちゃうなんてね……。私が甘かったみたい」



ねえ、美夕。
そう言うと、キラはあたしの目の前に残っていた最後のお皿に手を伸ばした。


「教えてよ。一体どんな手を使ってソラを誘惑したの? やっぱり体?」

「そんなことしてない!」

「だったら何したのよ!?」


あたしは……何もしていない。

腰の傷跡が、チクリと痛んだ気がした。


「……別に、あたしは、何も」

「おとなしい顔して……。先輩もすっかり騙されちゃって、可哀想だよねー」



……あたし、何もしてない。

この傷だって、ソラに見せようと思ってつけたわけじゃない。

ああでもしないと、行き場のない自分の気持ちに押しつぶされてしまいそうだっただけで……。


先輩のことだって。

騙そうだなんて、そんなこと、一度も思ったことないのに……。



キラの手で、最後のお皿に残っていたソースが水に流され排水口へ消えていく。

キラがそのお皿を食洗機に入れ、水道の蛇口を閉めると、キッチンはすっかり静かになってしまった。