見上げると、すぐそばに先輩の顔。

その顔は、当然だけど強ばっていて。


……だけど、ここで目をそらしちゃ駄目だ。

あたしは、自分の姿が映っている先輩の瞳を真っ直ぐ見つめながら言った。


「あたし……先輩に言わないといけないことがあるんです……」



「それって、もしかして、さっき俺が言っていたことと関係あるの?」



さっき言っていたこと──。

あたしはトイレに逃げ込む前の先輩の言葉を反芻した。


──苑が、言うんだ。

──『美夕ちゃんのこと、ソラにとられちゃうよ。あの2人はお兄ちゃんに隠れて会ってるんだから』って。

──ソラにはキラちゃんがいるんだから、心配することなんてないよね。


あたしは、口の中に溜まった気持ちの悪い生唾をぐっと呑み込むと、先輩に頭を思いっきり下げた。


そして、頭を下げたまま、言った。



「ごめんなさい! あたし──」




その時だった。

「先輩、美夕、急いで-! バスが出ちゃうよ!」


あたしの言葉は、

下りエスカレータを駆け下りてきたキラの叫び声にかき消されてしまった。