「準備できた? 今日もかわいいね」
そう言って、薄くて形の良い唇からやたら綺麗な歯を輝かせて、ケンゾーは笑う。
あたしが、のそのそと外へ出るのを、嬉しそうに眺めていたケンゾー。
道路へ目をやると、大きなハーレーが停まっていた。
あ、まさかあれに乗せてくれるつもりなのかな?
「おいおい、お前も行くのか? 要」
「……」
そんな言葉が聞こえ、ハッとして顔を上げる。
今まで輝いていた笑顔から光が消え、そのかわりにあからさまに嫌そうに眉間にシワを寄せているケンゾー。
うわー……
それから、恐る恐る要の顔を覗き込むと。
ビクッ!
いつもの綺麗な顔からは想像も出来ない程、恐ろしい要の顔を見て、あたしは視線を逸らした。
見ちゃいけないもの見た気がする……
二人の無言の睨み合いのすえ、その勝負に負けたのはどうもケンゾーの方らしかった。
「……ま、付いてきてもいいけど。 俺たちの邪魔しないでほしいね」
そう言うと、ケンゾーはあたしの肩を抱いた。
「さ、未央ちゃん。 行こうか」
「えぇ? ちょ…ちょっと」
あたふたしてるあたしなんか、まるで関係ないと言うようにケンゾーはもう強制的に主の帰還を待つハーレーの元へ向かう。
「……か」 要!
そう言いかけたあたしの言葉は、勢いをなくし喉の奥へ引っ込んでしまった。
だって。
要ってば、何にも言わないであたし達の後を付いてきてたから。
きっとまた、怖い顔してるんだと思った。
なのに……
要は、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、空を仰いだ。
その顔はあたしの位置からははっきりとは見えなかったけど。
だけど……
――――――要?
ミシガン湖から生まれた風が、彼の黒いやわらかな髪を揺らし。
そのまま、青く澄んだ空へとさらに高く昇っていく。
その風の行方を、じっと見つめている要は、なんだかすごく儚く見えたんだ。



