「ねぇ、ケンゾー」
「ケンゾーってば」
「ケンゾー」
……うるせぇ。
なんかいちいち勘に障る名前だな。
一向に考えがまとまらず、イラついている俺をさらに逆なでするように、静かな店内からは「ケンゾー」の名前が連呼される。
さっきは、未央にあんな慣れ慣れしくしといて。
相当な女たらしだな、あの男。
カチカチとペンを鳴らし、パラパラと本をめくる。
自然と体にしみこむ静かなBGM。
今日は、ボサノバ。
マスターの気分で毎日ジャンルが変わる。
俺が机に向かっていると、未央は頬杖を付いたままそれをぼんやり眺めている。
なんとなく気になってチラリと視線を上げると、すぐに目が合った未央は頬を緩める。
……楽しいのか?
さっきから全然かまってやってないけど。
それでも、笑ってる未央はなんとも楽しそうで。
俺もつられて口の端をちょっとだけ上げて、笑みを返す。
ま、たまにはいいか。
「マスター、あたし帰るね」
ジーナは店から顔を覗かせて、奥のリクライニングチェアに座って本を読んでいたマスターに声をかけた。
「おぉ、もう行くのか? ケンゾーはいいのか?」
「今日はね。 また来る」
そう言ったジーナは初めて、俺と未央に気づいたように大きな目を見開いた。
「あら」
そして、今度こそ俺を見た。
「ケンゾー以外に、日本人?」



