「今で言う愛人って意味だよ」
「そうなんだ……。ええ!? あ、あ、愛人って……」
さっきからポカンと開いた口が塞がってくれない。
ケンゾーさんを見上げたまま、開いた口なんかお構いなしのあたしは何度も瞬きを繰り返すしか出来なくて。
だって……
だって、奥さんのほかに、愛してた人がいて……。
その人のために?
どうかしてる……。
「うん。 ばあさんじゃなくて愛人に。 じいさん変な人でね。 親類達にも白い目で見られてた。老後はその妾とここで死ぬまでのんびり暮らしたって話だよ」
「……死ぬまで……」
「今は、誰もここに寄り付かないけど、時々こうして俺とか親父が来て使ってるんだ」
「……そう、なんですか」
「それに、ほら。ちゃんと手入れしてあるだろ? あれは月に1度、庭師とか掃除婦が入ってるからなんだ」
指差された先を追うと、本当に綺麗に剪定されてる松が目に入った。
「すごいですね……」
そう言いながら、あたしは複雑な気持ちになった。
だって……。
おばあさんがいたのに。
ちゃんと奥さんがいたのに、他の女の人を大事にするなんて。
あたしはきっと、耐えられないもん。
縁側に立つあたしとケンゾーさんの間を、生ぬるい風が吹きぬけた。
どこからともなく風鈴の音が耳に届いた。
風の中に、喉がキュって締め付けられるような
潮の酸っぱい香りがして
あたしは目を閉じた。



