しかし、小絵は自分の父親の顔も知らないし、
愛されたという記憶もない。だから結城のしぐさを見て、
結城の中に父親を見いだしていたのかもしれない。
『私のパパも、こうして声をかけてくれたのかしら… そんなはずないわね! 』
それなら、写真の一枚も残っているだろうにと…
否定することしかできなかった小絵…
その夜も、いつもと同じ… テラスにいて結城を待っていた。
やがて、海の向こうからエンジンの轟く音が聞こえてきた。
近付くにつれ、だんだん大きな音になるのだが…
しかし、桟橋の手前から… その日の風の吹き具合によって音は違ってくる。
着岸動作に入った時に船尾方向から、追い風が吹いていると…
制動距離が長くなって、舵もききにくくなる…
反対に、船首の方向から… 向かい風が吹いていたら、
制動距離が短くて、舵もききやすく、操船はしやすくなる。
桟橋に近付いた結城は、
いよいよ着岸動作に入った。
エンジンを逆噴射したのちに、微速前進に入った。
そうなる前には、スピードを落としているつもりでも、
ずいぶん速いことが多いので、着岸前にはいったん停船してから、
高速で走っていた感覚を引きずらないようにするのだ。
今夜の風は良好、船首からの向かい風だ。
結城は桟橋に向かって、右舷を素直に着けていた。


