会社を出て、歩き始めて約10分。

生温い風が頬を撫でて、人通りの多い夜の街を吹き抜けていく。

「高原、今日も行くのか?」
横を歩く先輩の木下が、笑いながら手をくいっと口元に持っていく。

「あ、バレました?俺すぐ態度に出るからなぁ…。」

「仕事が終わる頃にはまた、"心ここにあらず"って感じだったぞ。大きなミスしないように気をつけろよ。」

「あは…すいません。未熟な証拠ですね。でも俺、ホントあの店好きなんスよ。
よかったら先輩も一緒に行きませんか?」

「あー、俺も好きだよ。何か癒されるよな。でも今日はいいや。ホラ、今コレがこれでさぁ。しばらくは直帰する予定。悪ぃな。」

木下は小指を立てながらおなかを膨らませる、いつか流行った古いジェスチャーで愛想よく誘いを断る。
冗談ではなく、もうすぐ初めての子供が生まれるのだと、少し前に嬉しそうに話していたのを思い出した。


「あ、そうか。じゃぁ…ここで。」

「おぅ。飲み過ぎんなよ貧乏青年!一文無しになっても助けられねーからな。」
「あはは。俺のメインは酒じゃないですって。今日も"あっち"の方です。」

俺と木下は笑いながら手を挙げると、それぞれ別な方へと歩き始めた。