「あれ?今、誰か帰ってこなかった?」
玄関の扉が開く音を聞きつけたのか、風呂上がりの灯吾が頭をタオルで拭きながら台所までやってくる。
「今のは父さんだよ」
「え?マジ?俺、挨拶しないと…」
今にも父さんを探しに行きそうな灯吾を慌てて止める。
「悪いこと言わないからやめといた方がいいよ」
火に油なのは目に見えてる。余計なことはしない方が身のためだ。
ため息をつきながらその理由を告げる。
「……父さんは兄貴が家を出るとき猛反対したの」
毎日聞こえてきた怒鳴り合いの声。時々混じる、頬を叩く甲高い音。
兄貴を睨みつける父さんの表情は怒りに満ちていて、子供心に兄の身の上を心配してしまった。
話し合いの席を設けることはなく、最終的に兄貴は家出同然でこの家を飛び出した。
……もう6年も前の話だ。



