キミノタメノアイノウタ


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私はダイニングテーブルに5人分のフォークとスプーンを置いた。

兄貴が出て行ってからというもの、食器は3人分しか用意することがなかったのでくすぐったい気分になった。

テーブルのセッティングを終え、コンロの上で煮込まれている鍋の中身を見れば、野菜入りミートソースは良い具合の仕上がりになっている。

焦げないようにお玉でかき回していると、先ほどの灯吾の驚いた顔を思い出して少し笑えた。

(本当にああいう人がいるんだ)

……不思議でたまらなかった。

まさか、海を見たことがないなんて。

いくら都会に住んでるといっても、普通はレジャーやスポーツで海ぐらい行くだろう。

都会の海はこの町と比べると交通の便も良いし、どこに行くか選択肢も豊富だろうに。

もしかしたら、灯吾は都会の人の中でも特殊なのかもしれない。

……さすが、あの兄貴と友達をやっているだけのことはある。

そんなことを考えていると、家の外から車が砂利を掻き分けて走る音がしてきた。

ふたつのライトが家の中を照らす。車は植木の前でピタリと止まった。

程なくして玄関の扉が開いて、思ったとおりの人物が顔を出す。

「今、帰った」

……この家の主というべき父さんだった。

「おかえり、母さんは?」

「遅れて帰るそうだ。先に食べていてくれと言っていた」

短い会話をかわすと父さんは着替えるために寝室へと向かった。

気づかれないように、そっと息をはく。

(母さんがいないってことは今日の夕飯は地獄だな……)