*******************************
私はダイニングテーブルに5人分のフォークとスプーンを置いた。
兄貴が出て行ってからというもの、食器は3人分しか用意することがなかったのでくすぐったい気分になった。
テーブルのセッティングを終え、コンロの上で煮込まれている鍋の中身を見れば、野菜入りミートソースは良い具合の仕上がりになっている。
焦げないようにお玉でかき回していると、先ほどの灯吾の驚いた顔を思い出して少し笑えた。
(本当にああいう人がいるんだ)
……不思議でたまらなかった。
まさか、海を見たことがないなんて。
いくら都会に住んでるといっても、普通はレジャーやスポーツで海ぐらい行くだろう。
都会の海はこの町と比べると交通の便も良いし、どこに行くか選択肢も豊富だろうに。
もしかしたら、灯吾は都会の人の中でも特殊なのかもしれない。
……さすが、あの兄貴と友達をやっているだけのことはある。
そんなことを考えていると、家の外から車が砂利を掻き分けて走る音がしてきた。
ふたつのライトが家の中を照らす。車は植木の前でピタリと止まった。
程なくして玄関の扉が開いて、思ったとおりの人物が顔を出す。
「今、帰った」
……この家の主というべき父さんだった。
「おかえり、母さんは?」
「遅れて帰るそうだ。先に食べていてくれと言っていた」
短い会話をかわすと父さんは着替えるために寝室へと向かった。
気づかれないように、そっと息をはく。
(母さんがいないってことは今日の夕飯は地獄だな……)



