「………」


 少女は壁越しに伝わる不穏な気配に顔を上げた。胸がざわめく。何が原因かわからない焦りにも似たそれに、彼女は微かに眉をひそめた。こんなことはこれで…2回目だ。そう。この前にあったのは確か……。



ーーーー、ーーー!ーーっ、ーーーー!!



 ドラゴンが雄叫びを上げた。



 そうだ。

 いつだったか任務の最中にドラゴンに出くわした時だ。厚い石造りの壁を震わす雄叫びに、彼女はふと思った。

(昼間の人達は、どうしているのだろうか)

と。


 必死に叫ばれる声に刺激されて蘇る記憶がある。もう遥か彼方に埋もれ忘れ去っていた自分の名前。それを呼ぶ優しい声。自分を抱く温かな腕。

 生まれてすぐに、組織に連れて来られたと聞いていたが、自分にもそんな誰かに慈しまれていた、そんな時があったのだろうか。



 いずれにしろ。
 もう自分がそれを得ることなど、ないのだろうけれど。



 不吉な振動は未だ続いている。

 彼女は不快気に顔をしかめた。あれから五感が殊更鋭敏になっているようだ。鋭過ぎる彼女の聴覚が音色の変化を捉えた。次の瞬間、轟音と共に堅牢な牢の壁が破られた。