pp―the piano players―

 あの日から、一度も弾いたことはなかったけれど、私の脳や、体はあの曲を覚えていた。鍵盤の上を跳ねる音程も、急激に変化するダイナミクスも。人間の喜怒哀楽をすべて込めたような、音楽を。

「ピアノに憑かれた魔女、」
 彼がそう呟いたのが聞こえた。黒髪を振り乱し、月光を浴びて、時代に取り残されたようなピアノを弾いているのは、異様な光景に違いない。

 父さん、私は。

「白峰『美鈴』」
 ミスズ、と彼は丁寧に私の本当の名前を口にした。

 日本に行っても良いのですか。

 漆黒のピアノが良く似合う、と言っていたのに、飴色のピアノを贈ってくれる。
 ねえ、私はベートーベンの求めた音を奏でていますか。私の弾くピアノは、認められるような物ですか。