pp―the piano players―

「ここだ」
 圭太郎君が示したのは、この場所の「おへそ」だ。一番いい音が届く場所。
 空ピアノはグランドピアノで、大屋根が開けられている。反響板に跳ね返って広がった音は、空港を行き来する人々の間を通り、吹き抜けの広い空間に放り出される。絵美子ちゃんがモーツァルトを弾いている。圭太郎君が示した場所から、弾いている絵美子ちゃんの方を向き、少し身体をずらすと、キラキラとしたその音が、一層輝いた。
 ロビーの一角で、こうやって立ち止まっていると、通り過ぎる人の迷惑になる気がしないわけではない。でも確かに、ここにいると絵美子ちゃんの軽やかな音がよく聞こえる。

「このあと俺が弾くから、早紀、ここで聴けよ。酒井も」
「何を弾くんだ? 同じモーツァルト?」
 酒井君が尋ねる。
 圭太郎君は口元に笑みを浮かべて、首を振った。
「朝も弾いたけど、最後まで弾きたい。俺が、お前たち二人に贈りたいんだ」
 わたしは、圭太郎君の言葉の意味を考える。
 圭太郎君はわたしと酒井君に、今朝弾いた曲――シューマンが原曲の歌曲を作り、それをリストがピアノソロ曲として編曲した、『献呈(Widmung)』を贈りたい、と。
「二人は」
 圭太郎君は、小さく唾を飲み込んで、言葉を続けた。
「結婚するんだろう?」

 わたしは目を丸くして、動けなかった。
「え?」
 と、誰が呟いたのか、よく分からない。
 わたしか、酒井君か、圭太郎君自身なのか。

「さっき、車の中で、加瀬が」
 圭太郎君は、ニーナさんと話している加瀬さんを指差す。
「へ? え?」
 口を開けたまま、圭太郎君がわたしと酒井君の顔を見比べて、そして加瀬さんの方を向いて、きょろきょろと落ち着かない。
 
 はあ、とあからさまに息を吐いたのは、酒井君だった。
「僕、今そのことで、早紀と話はついていてさ」
 酒井君が頭に手をやり、髪をかき上げながら頭を掻く。
「ものすごく正直に言うと、まだ泣きたいくらい落ち込んでいるんだよ。プロポーズを断られたから」
 酒井君が言葉にしてくれる。やはり、酒井君はとても優しい。優しすぎる。
 圭太郎君は、眉を顰めてわたしを見た。
 わたしは、ゆっくり頷いた。