そこは、虹が見える場所だった。

 ピアノが置いてあるのは西の角部屋で、ピアノ椅子に座ると背中から容赦なく西日が差してきて、暖かかった。
 わたしはまだピアノが弾けなかった。物音がすると、椅子からさっと降りて、ピアノの陰で小さくなっていた。学校から戻ってきて、手も洗ったし、わたしの分のおやつも食べたし、宿題も勉強も終わっている。自分の服も畳んで仕舞ったし、年下の園児たちにも同じだけのことをさせてある。息を殺して、わたしは怒られる理由がないことを自分に言い聞かせた。

「早紀」
 その声を聞いて、ほっとする。
 わたしは肩から力を抜いて、でもそのまま丸くなっていた。

 すぐ隣のピアノ椅子が引かれ、乱暴に座られる。そして雨が降り始める。大粒だけどまばらな雨。西日がたっぷりと注ぐ部屋で、わたしは顔を上げれば、いや目を閉じていたって、豊かな虹を思い描くことができた。