結局、ニーナは二十分あまりでグラス四杯を空けた。楽しそうに笑いながら、日本にいたときの思い出話や、ドイツの同僚のことを話した。

「そろそろ時間ね」
 時計を見て、ニーナが言う。肌が少しだけ赤いが、酒に強いのは以前から知っている。これくらいでは酔ったうちに入らない。
「ニーナ、部屋まで送るよ」
 ラウンジを出て、エレベーターに乗る。部屋の階で降りると、ニーナは一つのドアの前で立ち止まった。
「この奥がザビーナ・ドゥメールの部屋、手前が私。真ん中のこの部屋が、圭太郎のために押さえた部屋よ」
「無駄になっちゃったね」
「誰が泊まっても、どうせ経費よ。ナオ」
 緑色の瞳で僕を見る。じっと見る。
「戻らないで、泊まるのはどう?」

 あ、と思った。
 気付かなくて良かったのに。

 僕は静かに首を振った。
「早紀を連れて行くよ」
 ニーナの褐色の睫毛が揺れる。
「明日の朝、圭太郎を拾ってからホテルに迎えに来る。9時半にロビーで」
「ナオ」
 ニーナは僕の腕を掴んだ。思いの外華奢な指だ。
「……おやすみ」
「おやすみ。また明日」
 彼女が微笑むから、僕も同じような表情をする。ニーナは振り返り、ドアを開けて中に入った。
「Gute Nacht」
 パタンと閉まったドアに向けて、僕は呟いた。