そりゃ、そうだ。
 弾けない状態であることを、圭太郎が自分から言うはずがない。圭太郎はとてもキザなのだ、早紀に対して。

「もうすぐ、レコーディングなんだ」
「レコーディング?」
「圭太郎の演奏を録音して、CDにするんだ。ネットの配信もする。クラシックのピアニストとして吉岡圭太郎はデビューするんだ」
 早紀は、そっと息を吐いた。
「……何だか、遠いところの話みたい。CDとか、デビューとか」
 そう言って、更に下がった肩を見ているのが苦しくて、僕は腕で包んでしまう。細い体は、柔らかく、温かい。バラの匂いがする。

「僕が圭太郎の夢を実現させるよ。圭太郎の録音と、販売と、軌道に乗せて、落ち着いたら、もう、早紀から離れない。早紀のそばにいたい」
「酒井君」

 そのままでいたい。圭太郎がそこにいようが構わない。このまま、こうしていたい。
 と思っていたが、早紀はそっと腕を解いた。
「もう一度、圭太郎君のところに行こう。酒井君が圭太郎君の力になってくれるなら。一緒に」