まただ。
 体の中で激しく動くものがある。わたしの体を突き破り、圭太郎君に縋りつこうとするもの。ちいさなわたし。

 だめだよ、圭太郎君の泣き顔を見るなんて。
 だめだよ、圭太郎君を抱きしめるなんて。
 だめだよ、圭太郎君の傍にいるなんて。

 自分に言い聞かせる。それから、圭太郎君と繋いだ手をほどいた。手をすぼめると、するりと離れる。
「下で待っているからね」
 わたしは部屋を出た。扉をぴったり閉じる。これで、中で何が起きてもわからない。

 三階には三部屋ある。階段から最も遠いところがピアノのある部屋で、隣は圭太郎君とわたしがいた部屋、階段側は先生の寝室だ。わたしたちの部屋の真ん中には二段ベッドがあって、それを挟んで入り口側が圭太郎君、奥がわたしの部屋だった。ベッドとカーテンで部屋は二つに分けられていて、夜、わたしが部屋で勉強をしていると、ピアノの練習を終えた圭太郎君が入ってくるのはわかった。
「おやすみ」
 低い声は短く素っ気なかった。
「早く寝ろよ」
 ギシ、とベッドは一度だけ軋む。向こうの明かりが消えて、すぐに静かになる。圭太郎君がそこにいるということに温かい安心感を覚えて、わたしはもう少し勉強を続けた。隣の部屋のドアが閉まり、先生もベッドに入ったことがわかると、勉強に区切りを付けてペンを置いた。そっと梯子を登って、明かりを消した。暗闇の中で小さく「おやすみ」と呟き、圭太郎君の寝息を数えながらわたしも深い眠りに就いた。
 
 そんな懐かしい部屋の扉を開いてみたくなった。今は二段ベッドはなく、来客用の部屋となっているのはわかっている。わたしや圭太郎君が戻ってくるなら、またそのときに考えると先生は言っていた。寝るところはある、いつでも帰ってきていいのよ。